Share

第2話 神様と鬼②

Author: 霞花怜
last update Last Updated: 2025-05-29 09:14:07

「なぁ、アンタ。いつから一人なの? 前のバディは?」

 確か13課は、どんな担当でも二人一組で仕事をするのが常であるはずだ。

「半年ほど前に、仕事中の事故で殉死しました。それ以降は、良いバディが見つからず一人です。13課は常に人手不足ですからね」

 表情筋をどこかに忘れてきたのかと思うほど、さっきから顔は動かない。だがよく見れば、顔色が悪い。肌の色も心なしか赤黒い。

(化野って姓は、確か……。京の外れの死体置き場、墓守の鬼、だったか)

 直桜は化野の腕を掴み返した。

「別に助けようと思ってるわけじゃないけど。ここで見捨てるのは、俺が気分悪いだけだから」

 化野の腕を引き、頭を引き寄せる。

 唇を重ねて、悪い気を根こそぎ吸い上げた。

「ん! ……ぅっ」

 声を漏らして閉じようとする口を無理やりこじ開けた。

 舌を差し込んで、更に吸い付く。

 化野の中に溜まった邪魅が直桜の中に流れ込んでくるのが分かった。

 ひとしきり吸い尽くして、ごくりと飲み込む。

 唇を離すと、化野の体が傾いた。

「おい、ちゃんと座れよ」

 ソファに促し、隣に腰掛ける。

 背もたれに身を預けた化野が、呆けた顔で速い息をしている。

「霊や怨霊を相手にしてたら邪魅なんか堪り放題だろ。鬼化したくないなら、他の奴らに都度都度祓ってもらえよ」

 迷惑そうに言い放って、息を吐く。

「祓戸大神の惟神の浄化は、すごいですね」

 呼吸を整えながら、化野が感心した声を出した。

「俺は祓戸四神の惟神じゃないから正確には浄化じゃないよ。直日神だから、聞食した。そのまま清祓も浄化も出来るけど」

 化野が顔を上げて、直桜を見詰める。

 その目は先ほどまでの敵意ではない、まるで尊敬と憧憬の目だ。

 化野が、がっしりと直桜の手を握った。

 咄嗟に逃げようとするも、化野の手が吸い付いて離れない。

(こいつ、見た感じ細身の優男のくせに、力強すぎ。鬼の末裔だからか)

 化野が直桜の両手を掴んだまま、顔を寄せてきた。

「結婚しませんか。一生大事にします。君がどんなに性格が悪くても愛し抜く自信があります」

「はぁ? アンタ馬鹿なの? 男同士で結婚なんかできないだろ。第一、性格悪いって最初から決めつけんなよ!」

 腕をぶんぶん振って、何とか化野の手を振り解く。

「そう、ですね。手を握っただけで私の中の邪魅に気が付いて聞食してくれたのだから、瀬田くんは優しい人ですね。今まで隠して生きてきたのでしょう、自分が惟神だという事実を」

 ドキリとして、化野を見上げた。

「惟神は13課に就職する者がほとんどだと聞きます。君の話は、実は噂程度なら聞いていました。祓戸四神より上位神を内包する惟神を、13課は絶対に放置しません。ここでバイトをしたら、自分から罠に掛かりに行くようなものです」

 化野が、直桜の履歴書を差し戻した。

「今回はご縁がなかったということで。君の神気の残滓は消しておきます。この場所には13課の人間は滅多に来ませんが、全く来ない訳ではないので」

 化野が立ち上がり、直桜の荷物を手渡す。

「……いいのかよ。バディが見つからないと、困るんじゃないの?」

「また募集をかけますよ。君ほど相性が良い相手は見付からないでしょうけどね」

 玄関に促され、立ち上がる。

 バイトをする気は無いが、何か釈然としない。

「今日は助かりました。あのまま邪魅を溜めていたら、私が祓われる側になるところでした」

 化野を見上げる。

 来た時より表情が柔らかい。体が楽になったせいもあるだろうが、きっとそれだけではない。

「バイトは、しない。けど、アンタの清祓ならしてもいい。その為に、ここに来るのは、構わない」

 考えるより早く、口走っていた。

 本当は、この場所にも来ないほうが良い。

 ごく一般的な普通の生活を望むなら、このまま大人しく帰ったほうが良い。

 わかっているはずなのに。

「いいんですか? 惟神の力は、使いたくないのでしょう?」

 その通りだ。

 そのために実家から離れた普通の大学に入学して、そのまま関東圏で就職も決めた。こんなところで躓く訳にはいかない。

「少しくらいなら、良いよ。アンタに新しいバディができるまで、なら」

 俯いた顔の前に、手が伸びてきた。

 さっきまで赤黒かった肌が、すっかり白く戻っている。

「では、お願いします。そうしてもらえると、私は助かりますので」

 化野が、微笑んだ。

 思った以上に自然なその顔に、胸がドキリと跳ねた。

「うん、よろしく」

 直桜は化野の手を握り返した。

====================================

補足情報

【邪魅】

 陰の気。自然界に普通に存在するもので、一つ一つは小さく、陽の光で消滅するほど弱い。集合体になったり大量発生すると光だけでは消滅できずに、人に害をなす気に変化する。心の中の負の感情を刺激して煽るので、邪魅が堪ると人は鬱になったり攻撃的になったりする。

 呪術に使用される基本的な陰気でもあるため、呪術師が好んで集める。

【化野】

 現京都府京都市右京区嵯峨にある地名。

 化野は平安の昔、都から離れた辺境として死体置き場になっていた。

 この時代は基本、死体は死体捨場に放置だったので、鳥や獣に食われたり、そのまま腐って土にかえることが常だった。

 穢れが堪りりやすい場所で、こういう場所からは邪魅が発生しやすい。

Continue to read this book for free
Scan code to download App

Latest chapter

  • 仄暗い灯が迷子の二人を包むまで   番外【R18】バディの居ぬ間に②

    「……桜、直桜。大丈夫ですか? わかりますか?」 護の声が、遠くで直桜を呼んでいる。  意識がふわりと浮かび上がって、目の前に護の顔があった。(護……、これも俺の妄想かな。夢かな)「護、ごめん。シーツと枕、いっぱい汚しちゃった。玩具、試したら、手枷、絡まって、動けなくなって、猿轡も外せなくて、それで」 目の前の護が崩れ落ちて脱力した。「自分でやったんですか? 誰かに強姦でもされたのかと思いましたよ」 強く唇を押し当てられて、きつく抱き締められた。(あれ? あったかい。もしかして、本物?) 気が付けば、話せる。猿轡が外れていた。手枷も頭上の留め具から外れている。「護、いつ帰ってきたの? 俺、どれくらい、このままで……」 「帰ってきたのはついさっきです。声を掛けても返事がないし、部屋にもいないし。まさか、私の部屋でこんな姿になっているなんて」 部屋の時計を眺める。  直桜が護の部屋に入ってから、数時間しか経っていなかった。「予定より早く帰ってこられて、良かった。予定通りだったら、あと二日、この状態でしたよ。一体いつから、こうなっていたんですか」 「多分、二~三時間だと、思う」 本当に良かったと思う。  あと二日、あの状態でいなければならなかったと考えると、背筋が寒くなる。「玩具、感じすぎて、怖い。護のがいい」 護の腕に掴まる。  ベッドの状態と直桜を眺めていた護の腕が、直桜の尻に伸びた。入ったまま動きを止めているアナルプラグを護の指がぐぃと押した。「ぃ!」 思わず背筋が伸びた。「こんなにシーツを汚して、何回イったんですか? 私としている時より、悦かった?」 ぐりぐりとアナルプラグを穴の中で掻き回されて、ビクビクと腰が震える。「ちがっ。護のほうが良い。今すぐ、護のちょうだい。護ので、中、ぐちゃぐちゃにして」 涙目で、護に請う。  護が薄く笑んで、ごくりと喉を鳴らした気配がした。

  • 仄暗い灯が迷子の二人を包むまで   番外【R18】バディの居ぬ間に①

     禍津日神の儀式から数日後。直桜と護には日常が返ってきた。いつもの仕事をいつものようにこなす。今日は、仕事に行く護を直桜は見送っていた。  玄関で、護が直桜に抱き付いた。「一週間で帰ってきますから。一週間の辛抱です」 足元には大きなキャリーケースが置いてある。 今日から一週間、護には滅多にない出張が入っていた。東北地方で起きた事件の事後観察で、今回はバディの直桜ではなく清人と出掛けることになっている。 まだ直桜がバイトを始める前に清人と関わった仕事らしい。「一週間分の直桜の匂いを嗅いでおきます」 直桜の肩に顔を押し付けて、何度も息を吸っている。「一週間くらい、離れることはあっただろ。訓練の時はもっと長かったんだし」 忍と梛木にそれぞれ訓練を受けていた時は、二週間以上離れていた。「あの時は同じ地下にいたでしょ。今回は距離感が全く違います」 一階の駐車場で清人が待っているにも関わらず、護が動こうとしない。(あんまり気乗りしない仕事なのかな) 東北地方にも、霊・怨霊担当の部署がある。そこの浄化師とうまくいっていないのかもしれない。浄化師や清祓師の家系の中には、鬼の末裔である護を毛嫌いしている者もいると、以前に清人が話していた。「帰ってきたら、たまには俺が護を甘やかしてあげるから、頑張ってきなよ」 抱き付く護の頭を撫でる。こんな風に護の方からわかり易く甘えてくるのも珍しい。「私が居なくても、ご飯はちゃんと食べてくださいね。ゴミは溜めておいてもいいですが、洗濯は一回くらいはしてください。掃除は帰ってきたら私がしますから、そのままでも」 護の唇に人差し指をにゅっと押し付けた。「飯は作れないけど、それ以外の家事は俺だって、いつもしてるだろ。心配ないからさっさと行く」 いくら直桜でも、そこまで生活力がないわけではない。 護の肩を掴んで、回れ右する。 玄関の扉に手を掛けた。「作らなくても、ご飯は食べてくださいね。一週間の予定ですが、終われば早く帰ってき

  • 仄暗い灯が迷子の二人を包むまで   第65話 平穏を得るために

     直桜の隣に座した直日神を眺める。「直日がここまで干渉するのって、珍しいね。枉津日のため?」 直日神の神力の導きがあったから、枉津日神は迷わず清人の中に入れた。直桜と護だけだったら、きっとこんなにあっさりとは終わらなかった。「あのままでは、枉津日が不憫であろうよ。しかし懸念が、ないでもないが……」 珍しく言い淀む直日神の顔を、じっと見つめる。「俗世に関わる気はなかったが。反魂儀呪とかいう者どもが執着する気持ちは、わからなくもない。枉津日は神子を成すやもしれぬぞ」「はっ?」 思わず力強い疑問符が出てしまった。「吾らは性を持たぬ神だが、人を介してなら、子を成せる」「それはつまり、枉津日は清人を恋愛的に好きで、女神に転じて清人の子を孕むかもしれないと?」 直日神が首を傾げた。「枉津日神が何故、藤埜の人間から剥がれたか、直桜は経緯を知らぬのだったな」「まぁ、詳しくはね。その頃まだ俺、産まれてなかったしね。神殺しの話もこっそり聞いた噂だし」 神殺しの鬼の存在自体が惟神には秘されるのが集落の因習だ。とはいえ、人の口に戸は立てられない。噂とは、いつの間にか広がって耳に入ってしまうものだ。 神殺しの鬼の話も、藤埜家の事情も、集落に流れる噂程度にしか知らない。「結論から話せば、清人自身が神子よ。だから、あんなにもあっさりと枉津日を受け入れた。桜谷の童の絡繰りや、吾の導きなど後押しに過ぎぬ」「え? どういうこと?」 眉間に思いっきり皺が寄っていると、自分でもわかった。「先の惟神を、枉津日は大層気に入っておった。同

  • 仄暗い灯が迷子の二人を包むまで   第64話 枉津日神の神移し

     隣で清人を眺めていた直日神が、直桜を振り返った。「彼の名は何といったか?」 直日神の問いに、護と清人が呆気に取られている。「藤埜清人だよ。いい加減、俺と護以外の名前も覚えようよ」「ああ、今、覚えた。清人、だな。悪くない魂だ。気に入った」 直日神が護を振り向く。「護、枉津日神を直桜から剥がしてやれ。その後、吾が少しだけ手伝うてやる」「え? 今ですか? この場でやるんですか?」 護の焦りまくった問いかけに、直日神が事も無げに頷いた。「恐れずともよい。双方、整っておろうて」 直日神が立ち上がり、清人の前に立つ。 額に指をあてて、その目を見据えた。「怖いのなんのと泣き言を零しても、心は決まっておる。枉津日神を慈しむ心は揺れぬ。己は充分に惟神の器よ。自信を持て、清人」「……はい。えっと、初めてなので、痛くしないでください、ね……」 直日神を見上げる清人は固まったまま、動けないでいる。「直桜」「わかった」 直日神の声を合図に、直桜は自分の腹に両手を翳した。 太い糸のような光が直桜の腹から枉津日神に繋がる。「護、これを右手で切って」「わかりました……」 緊張した面持ちで立ち上がった護が、右手を手刀のようにして太い糸を断ち切った。 解き放たれた枉津日神の体が震える。離れそうになる枉津日神の手を清人の手が握り引き寄せた。 その様を直日神が

  • 仄暗い灯が迷子の二人を包むまで   第63話 枉津日神の行先

     ピンポーン、と普段、滅多にならないインターホンが鳴った。 誰が来たのかは、気配でわかった。「開いてるから入っていいよ、清人」 事務所の扉が開いて、清人が顔を覗かせた。「いつもはインターホン押さないのに、どうしたの? てか、傷は大丈夫なの?」 事件直後は目を覚まさず、その後も回復室で療養していたと聞いている。 清人が気恥ずかしそうに頭を掻いた。「失血し過ぎたせいで貧血だったのよ。刺され所が悪かったみたいでさぁ。格好悪い姿、見せちゃったなぁ」 ははっと笑う清人に気が付いて、枉津日神が顔を上げた。「清人! 清人か! 怪我は良いのか? 生きておるのか?」 飛び出して抱き付くと、清人の顔をペタペタ触る。 身を引きながらも、清人が枉津日神をまじまじと眺めた。「生きてますよぉ。へぇ、顕現すると、こんな顔なんだねぇ。あの日は直桜だったからなぁ」「吾が直桜の姿だったから、庇ってくれたのだったな」「そういうわけでも、ないけどねぇ」 眉を下げる枉津日神の背中に清人が腕を回す。 護に促されて、清人がソファに腰掛けた。「お初にお目に掛かります、直日神様。枉津日神の惟神を受け継ぐ藤埜家が次男、清人と申します」 清人の口から出たとは思えない真面目な挨拶に、直桜と護は身を震わせた。「ほぅ、準備をしてきおったか。藤埜の家は、枉津日神を迎える準備があると?」 直日神が清人に向かい、微笑む。 清人が半笑いで息を吐いた。「集落の五人組筆頭・

  • 仄暗い灯が迷子の二人を包むまで   第62話 行先会議

     禍津日神の神降ろし事件から数日が経った。 枉津日神の真名の封印こそできなかったが、荒魂にされた土地神は解放され、反魂儀呪のリーダーと巫子様を引き摺りだし正体を明らかにすることには成功した。13課としては、ギリギリの成果といえる。 しかし、八張槐にとってはこの流れも恐らく予測の範疇で、計画の一部に過ぎないのだろうと考えると、直桜としては複雑な心境だった。 枉津日神は惟神を得れば、真名を戻し荒魂に堕ちることは、ほとんどない。裏を返せば惟神が必須の神だ。 現在は直桜に降りているものの、この先どうするかを考えなければならなかった。 本日は『枉津日神の身の振りを考える』という名目で、誰も来ない事務所に酒を広げ、顕現した神々と四人、正確には二柱と二人で酒を酌み交わしていた。「吾は直桜の中に枉津日がおっても良いがな。二人で酒を交わせるのは、楽しい」 表裏の神だけあって、直日神は嬉しそうだ。 時々、口喧嘩はするものの、直桜としても二柱の神を抱える状況に不満はない。 目下の問題は、枉津日神だった。「清人に会いたい。会いたいぞ、直桜ぉ」 酒が入ると、清人の名を叫びながら泣く。 直日神は面白がって放置するから、いつも護が介抱している。 今日も例に洩れず、隣で護が背中を摩っている。「約束したであろう、護。吾は約束通り、直桜を返したぞ」 枉津日神が振り返り、護をじっとりとねめつける。 護がビクリと肩を震わせた。「いや、あの、それは、そうですが。もう少し待って……」「せめて、せめて、会わせよ。清人に会わせよ」 枉津日神が護の胸倉を掴んでブンブン振り回す。 護が、されるが

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status